実数係数多項式がなすベクトル空間と線形写像,固有空間の例(表現行列の応用,線形変換の固有値について) - 高井セミナー

実数係数多項式がなすベクトル空間と線形写像,固有空間の例(表現行列の応用,線形変換の固有値について)

数学

今回は,線形代数から,実数係数の多項式がなすベクトル空間についての問題を解説します.

まず前提知識として,$n$次以下の実数係数多項式全体の集合は,(同じ次数の係数同士の和,全ての係数へのスカラー倍,によって)$\mathbb{R}$上のベクトル空間を成します.線形代数の授業では基本的に数ベクトル空間$\mathbb{R}^n$について議論することが多いですね.(なぜなら,$n$次元ベクトル空間から$\mathbb{R}^n$への適当な同型を用意したら,$\mathbb{R}^n$での議論さえすれば良いからです.また,高等学校でやる「ベクトル」の感覚が$\mathbb{R}^n$の議論とほぼ一致しているからです.)
そのため,今回のような数ベクトル空間でないようなものはあまり馴染みがないかもしれません.なので今回は,具体的な問題を通して,取り扱ってみようと思います.

さて,前置きが長くなってしまいましたが,今回考えるのは以下の問題です.

問題

$V$を2次以下の実数係数多項式全体がなす($\mathbb{R}$上)ベクトル空間とする.また,線形写像(線形変換)$F:V \to V$を,$$F:f(x) \mapsto \frac{d}{dx}\{(1+x)f(x)\}$$で定める.このとき,
(1)$Ker(F)$と$Im(F)$を求めよ.
(2)$V$の基底$\{1,1+2x,2x+3x^2 \}$に関する$F$の表現行列を求めよ.
(3)$F$の固有空間と,その基底を求めよ.

さて,早速解いてみましょう.実はこの問題,定義に従えばあっさり答えられます.ちゃんと定義から覚えられているかがポイントになります.

解答

まず(1)です.
$V=\{ax^2+bx+c | a,b,c \in \mathbb{R} \}$であり,$F(ax^2+bx+c)=3ax^2+2(a+b)x+(b+c)$であることから,
係数比較により
\begin{eqnarray}
3ax^2+2(a+b)x+(b+c)=0 &\iff& a=0,a+b=0,a+c=0 \\ &\iff& a=b=c=0
\end{eqnarray}
であるので,$$Ker(F)=\{ 0 \}$$です.また,$$Im(F)=\{3ax^2+2(a+b)x+(b+c) | a,b,c \in \mathbb{R} \}$$.

次に(2)です.表現行列の定義に従って求めましょう.
$F(1)=1=1 \times 1+0 \times (1+2x)+0 \times (2x+3x^2)$
$F(1+2x)=4x+3=1 \times 1+2 \times (1+2x)+0 \times (2x+3x^2)$
$F(2x+3x^2)=9x^2+10x+2=0 \times 1+2 \times (1+2x)+3 \times (2x+3x^2)$
であるので,基底$\{1,1+2x,2x+3x^2 \}$に関する$F$の表現行列は,
\begin{pmatrix}
1 & 1 & 0 \\ 0 & 2 & 2 \\ 0 & 0 & 3 \\
\end{pmatrix}
である.

さて,(1),(2)は定義通り(しかも$\mathbb{R}^n$のときと同じように)求めることができましたね.最後に(3)の解答ですが,そのために必要な知識を前もって述べておきます.

まず,線形変換の固有値・固有空間の定義をおさらいしておきましょう.

定義(線形変換の固有値・固有ベクトル・固有空間)

$F$を$m$次元ベクトル空間$V$の線形変換とするとき,

$F(\boldsymbol{x})=\lambda \boldsymbol{x}$($\boldsymbol{x} \neq \boldsymbol{0}$)となる$\boldsymbol{x} \in V$が存在するとき,$\lambda$を$F$の固有値,$\boldsymbol{x}$を$F$の固有ベクトル,$$W(\lambda)=\{ \boldsymbol{x} |F(\boldsymbol{x})=\lambda \boldsymbol{x} \}$$を固有値$\lambda$に対応する$F$の固有空間という.

上のように,正方行列にだけでなく,線形変換についても「固有値・固有ベクトル・固有空間」という概念があるということです.定義は正方行列のときとほぼ同じなので,覚えるのに苦労はないですね.さて,ここで一つ重要な事実を紹介します.

命題(線形変換とその表現行列の固有値の関係)

$\lambda$を,$m$次元ベクトル空間の線形変換$F$の固有値であるとする.このとき$\lambda$は,$F$の任意の表現行列$A$(このときAは$m$次正方行列である)の固有値である.

この命題は要するに,線形変換$F$のどんな表現行列に対しても(すなわち,どんな基底を用意しても)それらの固有値は(不変で,)$F$の固有値と一致する,ということです.そのため,線形変換$F$の固有値を求めたければ,$F$のある表現行列の固有値を求めれば良いのです.

※補足:本来であれば,説明の順番が逆です.というのも,線形変換$F$の固有値を上の定義のようにするとき,$F$の固有値の組が本当に一意に定まるか?という議論をしなくてはいけません.(難しい言葉でいえば,上の線形変換の固有値の定義がwell-definedか?ということです.)それを保証するのが上の命題なのです.すなわち,簡単にいえば,「ある線形変換に対して,どんな表現行列をとってもそれらの固有値は同じ(上の命題)だから,それを『線形変換の固有値』と呼ぼう!(呼ぶことに問題はない!)」ということです.

解答の続き

(3)の解答です.(2)で求めた表現行列を$A$とする.
(上の命題により)$F$の固有値は$A$の固有値と一致するので,$A$の固有値を求めれば良い.

実際に求めると,固有値は1,2,3である.それぞれに対応する$F$の固有空間を$W_1,W_2,W_3$とすると,
\begin{eqnarray}
W_1 &=& \{ f(x) \in V | F(f(x))=f(x) \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | 3a=a,2(a+b)=b,b+c=c , a,b,c \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | a=b=0, c \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ c | c \in \mathbb{R} \} \\
&=& span\{ 1 \}
\end{eqnarray}

\begin{eqnarray}
W_2 &=& \{ f(x) \in V | F(f(x))=2f(x) \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | 3a=2a,2(a+b)=2b,b+c=2c , a,b,c \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | a=0,b=c, b \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ bx+b | b \in \mathbb{R} \} \\
&=& span\{ 1+x \}
\end{eqnarray}

\begin{eqnarray}
W_3 &=& \{ f(x) \in V | F(f(x))=f(x) \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | 3a=3a,2(a+b)=3b,b+c=3c , a,b,c \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ ax^2+bx+c | 2a=b,a=c, a \in \mathbb{R} \} \\
&=& \{ ax^2+2ax+a | a \in \mathbb{R} \} \\
&=& span\{ 1+2x+x^2 \}
\end{eqnarray}

である.ただし,$span\{*\}$とは,$*$が張る部分空間のことである.

よって,$W_1,W_2,W_3$の基底はそれぞれ,$1,1+x,1+2x+x^2$である.

このように,定義に従えば,何の問題もないですね.

さて,実はここからが本題です.
:太郎くんは(3)に対して,以下のような解答を与えました.誤りを指摘し,正しい解答に修正せよ.(急に胡散臭い”問”になったのは見逃してください...w)

太郎くんの解答(誤答)

(2)で求めた表現行列を$A$とする.$A$の固有値と固有ベクトルを求めると,

(中略,$A$の固有値,固有ベクトルを計算する)

$A$の固有値は1,2,3であり,それぞれに対応する固有ベクトルは,

$$ s_1 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \end{array} \right) , \quad s_2 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 1 \\ 0 \\ \end{array} \right) , \quad s_3 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 2 \\ 1 \\ \end{array} \right) $$(ただし$s_1,s_2,s_3 \neq 0$)であるから,$A$の固有値$i$に対応する固有空間を$W(A,i)$と書くと,

$$W(A,1)=\left\{ s_1 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \end{array} \right) \middle| s_1 \in \mathbb{R} \right\}$$

$$W(A,2)=\left\{ s_2 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 1 \\ 0 \\ \end{array} \right) \middle| s_2 \in \mathbb{R} \right\}$$

$$W(A,3)=\left\{ s_3 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 2 \\ 1 \\ \end{array} \right) \middle| s_3 \in \mathbb{R} \right\}$$

である.よって,線形変換$F$の固有空間は上の$W(A,1),W(A,2),W(A,3)$であり,基底はそれぞれ,

$$ \left( \begin{array}{c} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \end{array} \right) , \quad \left( \begin{array}{c} 1 \\ 1 \\ 0 \\ \end{array} \right) , \quad \left( \begin{array}{c} 1 \\ 2 \\ 1 \\ \end{array} \right) $$である.

太郎くんのどこが間違っているかというと,表現行列$A$につられて,行列$A$の固有空間とその基底を求めてしまっています.しかし,今回の問題は「$F$の固有空間と,その基底を求めよ.」ですので,これでは不正解です.

ここで,ここからは,「行列$A$の固有空間とその基底」と「$F$の固有空間とその基底」の関係性について考えていくことにします.

まず,$A$は$V$の基底$\{1,1+2x,2x+3x^2 \}$に関する$F$の表現行列なので,$V$の元をこの基底に関する座標で表したときに以下の性質があります.(これは容易にわかります.表現行列の性質としてよく知られています.)

座標と表現行列の関係

$f(x) \in V$の基底$\{1,1+2x,2x+3x^2 \}$に関する座標が$\left( \begin{array}{c} a_1 \\ a_2 \\ a_3 \\ \end{array} \right)$であるとき,$F(f(x))$の同じ基底に関する座標は$$A\left( \begin{array}{c} a_1 \\ a_2 \\ a_3 \\ \end{array} \right)$$である.

このことより,$A$はまさに,この基底に関する座標を$\mathbb{R}^3$と同一視したときの,写像$F$(ただし$F:\mathbb{R}^3 \to \mathbb{R}^3$と見ている.)の($\mathbb{R}^3$の標準基底に関する)表現行列だと思うことができます.

ここで例として,$A$の固有値2に対する固有空間$W(A,2)$に着目してみます.
$$W(A,2)=\left\{ s_2 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 1 \\ 0 \\ \end{array} \right) \middle| s_2 \in \mathbb{R} \right\}$$だったので,言い換えれば,

$$Fによって2倍になる \quad \iff \quad \left( \begin{array}{c} a_1 \\ a_2 \\ a_3 \\ \end{array} \right)=s_2 \left( \begin{array}{c} 1 \\ 1 \\ 0 \\ \end{array} \right) $$ということです.

これを$\mathbb{R}^n$の元としてではなく(座標としてではなく),$V$の元として見ると,

$$Fによって2倍になる \quad \iff \quad f(x)=s_2・1+s_2・(1+2x)+0・(2x+3x^2)=2s_2x+2s_2$$ということです.すなわち,固有値2に対応する$F$の固有空間$W_2$は,$$W_2=\{ 2s_2x+2s_2 | s_2 \in \mathbb{R} \}=span(1+x)$$となります.

このように,表現行列$A$の固有空間から$F$の固有空間を求めることができました.表現行列$A$の議論を経由することは,$V$の話を座標空間$\mathbb{R}^3$の話に直して固有空間を探し,再度それに対応する$V$の話に戻した,というだけなのです.(このことは厳密に,同一視するための同型$V \to \mathbb{R}^3$を構成して議論できますが,話が冗長となるのでここでは省略します.)

この議論を通じて,$\mathbb{R}^n$でないベクトル空間にも同じような世界が広がっていることや,$\mathbb{R}^n$の議論を中心に勉強していく意義というものがわかったのではないでしょうか.

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