今回は,工学部や教育学部から,数学科の大学院に進学するにはどのように勉強したら良いのかというテーマで,お話しします.
工学部から数学科の院に進学した私の体験談
まずは,私の体験談をちょっとだけ語ります.
私は,岐阜大学工学部の応用物理コースという所から,名古屋大学大学院多元数理科学研究科に進学しました.岐阜大学応用物理コースは,物理学とそれに応用される数学を学ぶコースです.必修科目には,数学と物理が半分ずつくらいあり,3年次以降は選択科目で数学系と物理系に分かれていき,好きな分野の研究室に配属という流れでした.数学科の大学院に進学しようと決意してから,学部の授業にない科目を独学で勉強し続け,無事に合格することが出来ました.
院試までの詳しい経験談は,こちらの記事に書いているので,ぜひ読んでみてください.
結論から言うと,他学部の人でも,情報収集をしっかりやれば合格することができると思います.この記事で,私が得た情報を共有できればと思います.
自分の学部での科目と授業内容を把握しよう
まずは,自分の学部で受けられる数学の授業を把握することから始めましょう.1年生や2年生の方でも,便覧やシラバスを活用することができると思います.特にシラバスは,授業内容や到達目標が記されているため,どの知識まで授業で教えてくれるのかを知ることができます.
例として,私が学部時代に受けた数学の科目と主な内容を挙げます.
1年生:
微分積分I,II | 1変数の微積分,偏微分,全微分,重積分,広義積分 |
線形代数I,II | ベクトル,行列,線型写像,ベクトル空間,固有値問題と対角化 |
確率統計 | 場合の数と確率,確率変数,基本的な分布 |
物理数学基礎 | 日常に潜む数学など,色々な話題 |
情報数学 | 命題,論理,基本的な代数系(群の基礎など) |
2年生
微分方程式 | 1階,2階(主に線形),解の一意性 |
微分方程式応用 | 高階(主に線形),連立微分方程式と相平面 |
応用数学I,II | フーリエ解析,複素関数論 |
数値解析 | ニュートン法,ラグランジュ補間,さまざまな数値積分 |
基礎数学演習I,II,III | 微積,線形代数,微分方程式の基礎的な復習 |
ベクトル解析 | 基本的な演算(grad,div,rotなど),線積分,面積分 |
基礎数学セミナー | 少人数で,微積,線形代数のレジュメを作り発表 |
3年生
代数学 | ユークリッド互除法,3,4次方程式の解の公式,群・環・体の基本など |
幾何学 | 微分幾何の基礎(曲率など) |
物理数学 | 熱方程式,調和関数,ラプラス方程式,波動方程式 |
ダイナミカルシステム | 常微分方程式論,熱方程式の定性的理論 |
研究室 | 代数系(特に群)についての勉強 |
4年生
数理物理 | 数学における逆問題(行列の応用)など,様々なテーマ |
卒業研究(研究室) | 環と体とガロア理論についての勉強,卒業研究(Galois理論の作図問題への応用と第1種Chebyshev多項式からの考察) |
こう眺めてみると,数学科の科目なんかより全然少ないですよね.また,数学科と同じ科目はあっても,数学科ほど深く厳密な内容を扱わなかったり,応用的(工学的)な目線の授業が多かったりします.
まだ1,2年生の人は,受けてみないと内容がわからないかもしれませんが,先生や先輩などに聞いたり,指定の教科書を先に読んでみたりして,どこまで勉強するのか知っておいた方が良いでしょう.
受験する大学院の受験科目を把握しよう
大学院入試の場合は,入試の過去問がホームページに掲載されていたり,ネット上に落ちていたりすることが多いので,演習問題探しに困ることはありません.(それよりも解答が入手できない方が辛いです.)まずは,受けたいと思っている大学院の過去問や受験要項を探し,受験に必要な科目と知識を把握しましょう.
例えば,名大多元数理では,ホームページに過去問などの受験情報があります.
私が調べた際には,京都大学や九州大学,大阪大学などもホームページから過去問がたくさんダウンロードできました.
数学科の院試の受験科目としては,基礎科目と専門科目の2つを課しているところが多いです.基礎科目では主に,微分積分,線形代数,微分方程式,複素関数論,集合・位相あたりから必答問題として出題されることが多いと思います.専門科目では,代数,解析,幾何などの中から,自分の得意な分野の問題を選択して解答させることが多いと思います.
しかし例外もあります.例えば名大多元数理の場合は,微積,線形代数,複素関数論,集合・位相の範囲から,計算を重視した午前の部(3時間,4問)と論証を重視した午後の部(3時間,4問)の計6時間,8問の試験となっています.専門科目の試験がないのでとてもありがたいです.(2021年度はCOVID-19の影響でオンラインの口述試験になりました.)
また,北海道大学ではレポートと口述試験のみの試験であったり,九州大学のMMAコースでは専門科目がなく数学科以外の出身の人が解きやすい問題を選択できたり,大学院によって様々な選考方法がとられています.
数学科以外の出身で,自分の専攻したい分野の勉強が院試までに間に合わない時は,専門科目が出題されない大学院の受験も検討すると良いでしょう.
数学科の学習内容を把握しよう
同じ名前の科目を履修していても,数学科の授業と内容に差がある場合がほとんどです.そのため,各科目について,数学科の人たちはどの内容まで習っているかを知っておきたいところです.例えば名大多元数理のホームページには,出題の目安としてこのような情報が載っています.
大学の 1 ・2年次で学ぶ標準的な線型代数・微積分・複素関数論・集合と位相 などを中心に,基本的な計算能力,論証能力, および基礎的概念が理解できている かを問います. 以下の項目が出題内容の目安となります.
• 線型代数:ベクトル空間,部分空間,1次独立と1次従属,ベクトル空間の基底と次元,線型写像,線型写像の核と像,線型写像とその表現行列,基底の変換と変換行列,対角化,固有値,線型写像と行列の階数,行列の基本変形と掃き出し法,行列式,ジョルダン標準形,最小多項式,内積,2次形式,対称(エルミート)行列, 直交(ユニタリ)変換,準同型定理.
• 微積分:数列と級数,極限,収束と発散,連続性,微分可能性,テイラー展開,指数関数・3角関数・対数関数,増大度の比較,偏微分と全微分,合成関数の微分,極値問題,定積分,不定積分,広義積分,積分変数の変換,部分積分,重積分(変数変換とヤコビ行列式),陰関数,条件つき極値問題,線積分,グリーンの公式,ス トークスの定理,簡単な微分方程式,一様収束, 一様連続.
• 複素関数論:コーシーの積分定理・積分公式,べき級数,留数解析.
• 集合と位相
まずは,ここに書いてある単語でよく知らないものがあれば,その周辺を勉強するのが良いでしょう.例えば,集合・位相は私の大学の授業にはありませんでした.(工学部では普通はないと思います.)そのため,早い時期から自分で勉強し始めることが必要です.
また,ネットで検索をかけると,実際に数学科の学生が授業で使っていたプリントのPDFが閲覧できることがあります.例えば,「名古屋大学 一様収束」と検索すれば,演習の授業で扱っていたプリントのPDFが出てきます.(例えば,https://www.math.nagoya-u.ac.jp/〇〇/〇〇/〇〇-2S18-10.pdfみたいなURLです.)URLの最後の番号の部分を変えてやれば違う授業のプリントが,番号の後に「a」を付ければ解答のPDFが閲覧できます.(これは勝手にいじってみて発見したやり方なので,推奨されていなければすみません.)私はこのような方法で名大多元数理の授業や演習のプリントを入手し,勉強に使っていました.
教科書,参考書を買おう
大学院入試では,自分に合った参考書を選ぶことが重要です.特に,数学科出身でない人は,自分の大学で使っている教科書では院試の内容をカバーしきれていない場合があるので,一から学べる教科書・参考書を選ぶことが重要です.
まず,試験科目の内容までカバーされていない教科書を使っている人は,行きたい大学院の学部生が使っている教科書を探してみましょう.なぜなら,院試の問題は,その大学の学部生に教えている先生が問題を作っているからです.学部生は指定された教科書を使って勉強し,先生はその学んだ内容が最低限理解出来ているかをチェックできる問題を院試で出題しています.そのため,その大学の学部の授業で採用されている教科書で勉強する方が有利なのです.(さらに言えば,学部の定期試験の過去問なども入手できれば,先生の出題の趣味などが分かり,さらに有利になると思います.友人などがいるなら教えてもらうと良いでしょう.)
指定の教科書の探し方は,その大学のシラバスを見る,説明会や研究室訪問で質問してみる,その大学の生協の図書コーナーに行き教科書の一覧表を見る,などがあります.これから一から勉強していく科目があれば,ぜひ学部指定の教科書で勉強してみると良いでしょう.ただし,自分の持っている教科書が,試験科目の内容までカバーされている場合は,その教科書を読み込んだ方が良いと思います.(使い込む教科書を各科目1冊決めておくと,勉強しやすいです.)
また数学というのは,教科書を読むだけでは理解がしにくい場合や,問題を解く力が身につかないことがあります.そのため,自分に合った参考書や演習書(問題集)を使って問題を解いていくことが必要です.私が院試の時にとてもお世話になった本は,院試体験談の記事の前編で紹介しているので,参考にしてみてください.
その他
滑り止め受験を考えておこう
院試に落ちてしまい,進路が未定になってしまうことは避けたいものです.大学院入試は,試験の時期や回数などが大学院によって様々です.そのため,前もって2次募集はあるのか,日程は他の大学院と被っていないかなどを確認しておくべきです.そして,安全圏の大学院を一つは決めておくと良いでしょう.私の場合は,滑り止めに九州大学に出願しておき,それにも落ちてしまった場合のために,例年北海道大学が2次募集をしていることを把握しておきました.
教員採用試験との兼ね合い
特に,教育学部の人で「数学科の大学院に進学して,教員になりたい」という人がいると思います.院試の1次募集は基本的に8〜9月にあり,公立学校教採の2次試験と被ってしまうケースもあります.そのため,スケジュールをよく把握しておきましょう.また,院試の勉強と教採の勉強を両立させなければいけないので,どちらも早めに勉強し始めることをおすすめします.
私は工学部出身ですが,某県の高等学校数学科の教員採用試験も受け,合格しました.私の時は,7/18に教採1次,8/3に名大多元数理の院試,8/17に教採2次というスケジュールでした.また,教育実習も例年は6月頃にあるため,やることが多いです.(私は11月にやりました.)そのため,事前の準備と頭の切り替えが重要だと思います.教採を受けるか迷っている人は,一応受けてみると良いと思います.一度経験しておけば次に受ける時の参考になるし,採用時期の延期ができる自治体で合格しておけば,院生になって就活をしなくてもよくなり勉強・研究に打ち込めると思います.
最後に
工学部や教育学部から数学科の院に進学することは,受験においてもとても不利で大変なことだと思います.しかし,しっかりと情報収集をして,じっくり数学を勉強すれば合格できると思います.勉強の際には,単なる受験勉強と思わずに,自分の知らない数学を楽しむ感覚で勉強すると,継続できると思います.みなさん頑張ってください.応援しています.
コメント